最後までその人らしさを大切に人生の質を重視する(女性・看護師歴17年)

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みんなの看護観

私の看護観は、「最後までその人らしさを大切に人生の質を重視する」ことです。

私がこの言葉を聞いたのが看護学生のときでした。看護婦長の言葉でした。その時は学生でしたのであまり言葉の意味は理解できませんでした。

そして、私は看護師になってすぐにA氏を受け持ちました。A氏は末期の癌を患っていました。ベットでも寝たきり状態でしたが、食べることが昔から大好きな方でした。食べることが楽しみで、弱った体で少しずつでもお菓子を食べるのが日課でした。徐々に衰弱していくA氏も最後のほうは飲みこむことすらできませんでした。食べることが出来なくなればA氏の唯一の楽しみはなくなります。どうしたらA氏の楽しみを継続させてあげれるのか他の看護師や医師と考えました。固形物は無理でも口の中で楽しめるものといろいろ考えて、凍らせたパイナップルをお箸にさして、ガーゼを巻いて誤嚥しないように舐められるようにしました。そして、それを口にしたA氏の美味しそうな顔が忘れられませんでした。数日後、A氏は亡くなりましたが、A氏のご家族が「最後までA氏の楽しみをかなえてくれてありがとうございました。」と言ってくださいました。

訪問看護で受け持ったB氏は身寄りのない方でした。人生の最後は病院ではなく、亡くなった妻と暮らした自分の家で過ごしたいと望まれていました。寒く古い家でしたが、思い出のある家でした。B氏はお酒もたばこも大好きで、お酒によってストーブでやけどを負ったり、たばこで絨毯を焦がすこともあり、一人で自宅にいるのは危険な状態でもありました。薬も飲み忘れが多く病気のコントロールも難しいものでした。それでも、自宅にいることを望むB氏の為に、医療チームを組み在宅支援をどうするか考えました。24時間体制でホームヘルパー、訪問看護師、医師、外来看護師などの訪問を行いB氏の病床生活を支えました。最後はベットの上でお酒も少し飲まれたり、たばこも見守りで吸うことができました。一人で孤独死することもなく、B氏を看取ることができました。

このような困難ではあるけれども患者さんの希望を全てではありませんが、援助できた経験から、「最後までその人らしさを大切に人生の質を重視すること」の意味を理解することができました。今までの私の看護師人生においてこの看護観はずっと大切にしてきました。病院で寝ている患者さんにも今までの人生があり、病院にいるからといって好きなことすべてをあきらめる必要はないと思います。在宅で病を抱えた患者さんも病院でなければ最後を迎えられないこともありません。人生の締めくくりだからこそ、その人らしく、生き方の質を下げないような看護をしなければならないと強く思います。
看護を行うなかで、私はかならず患者さんの生育歴や仕事、趣味、嗜好などその人のことを知るように心がけてきました。そうすることで、患者さんの望んでる援助を行うことができるからです。看護師はただ熱を測ったり、点滴したり、おむつを替えたりするだけではなく、患者さん一人ひとりにあったケアをするのが役割だと思っています。もちろん、医療の知識や技術は常に身につけていくことは前提ではあります。
現在、看護師は足りなく、常に忙しい医療現場では余裕がありません。日々の業務に追われて患者さんの生き方よりも、病気だけに目が行きがちになっています。それでも、人間を相手に看護をしていることをけして忘れてはいけないと思います。サービスや体制がなくても自分で考えて、自分たちができることを日々、模索していくことは大事なことで、それが患者さんのニーズにこたえることにつながると信じています。


「みんなの看護観」は、いろいろな方に看護観を問いかけたもので、看護学生や、ふと自身の看護のあり方に迷ってしまった方の参考になる記事が多数!

みんなの看護観2


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