こんな看護したいのか?(男性・看護師歴6年)

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みんなの看護観

私が看護師として将来を決めたのは、祖父が病気で療養生活を家で送った事や震災の影響、ネグレクトなどの子どもを救いたいとの気持ちから看護師を目指すようになりました。根本に人の役に立ちたい、助けたいが私の原動力です。看護学校にいっている時は、勉強の毎日毎日で臨床にどのように反映されるのかもわからない事を習わされている感覚に陥っていました。ふと、その時に私は、なんで看護師になりたいのかを常に振り返るようにして看護学校では乗り越えてきました。実習の時も難しい患者さんにあたってどのようにしたらこの人に手助けできるのかを考えてやってきました。
看護師として働き始めると業務が発生します。ここで、大きな壁にぶつかりました。私は、誰かを助けたい、役に立ちたいという看護観をもとに看護師を目指してきました。10名を2人でバイタル測定、点滴、おむつ交換や清潔ケア、ナースコールの対応、家族への対応、ドクターへの対応などやることが山積みです。患者さんの側にいる時間がとても短く、業務に追われて、患者さんを手助けしているのかもわかりません。しまいには、点滴の時間が遅れてしまったりするなどミスも出てきました。周りからは、新人だからしょうがないと言われフォローされてくれたのでとてもありがたかったです。看護師の年数を積み上げていくと徐々に余裕が生まれてきます。患者さんとの時間は、相変わらず短いです。業務の一つ一つが速くなるものの中堅として新人の成長を見守る役目が増えるなど業務がまた増えて、患者さんの手助けできているのかとても悩んでいたのを今も鮮明に覚えています。また、患者さんの為を思ってやったのにクレームが来たり、先輩と看護観が違って衝突したりとしました。

本当に私の看護はこれでいいのかと思いました。毎日このような仕事をしている時にがんの末期の方の入院がありました。家族は、とても協力的でどうしてもこのがん末期の方を寝たきりにしたくない、助けたいとの思いが強いあまりに患者の負担となっていました。末期なので衰弱していき寝たきりにならないようにリハビリが介入しても疼痛コントロールが必要になったりと思い通りに進みませんでした。その中でも家族は、積極的に動かしていました。夜勤の時にがんの末期の方と多くを話しどうしたいのか、どのように亡くなりたいのかなど多くを語りました。家族の方針と本人の方針が違うのでスタッフも困っていました。家族もクレーマーのうような感じになっていましたのでスタッフから誰も家族にいうことをがありませんでした。私の看護観である患者の役に立ちたいとの思いから家族さんに患者さんの思いを伝えたところ翌日から担当を外される羽目になりました。患者さんの為を思ってしていることが家族に邪魔されるなんて思いもしませんでした。誰のためにこんな事をしていると思っているんだ!患者さんが楽に思いを持って生活することへの援助をしているのになんでこんな仕打ちをするのかととても憤りとやるせない感情が芽生えました。家族への嫌悪感も生まれました。

この患者さんがなくなる時に私の名前をよんでくれたそうです。家族もその事が不思議だったそうですが、患者さんには、この気持がしっかりと届いていた事がなくなる時にわかりました。家族と亡くなったあとに色々と話す機会がありました。やはり、親の弱る姿を受け入れたくないあまりに必死になっていたそうです。ここでとても思ったことがあります。この患者さんは最後まで笑顔を絶やさずにいた事です。家族の思いがわかっているからこそ受け入れて必死に苦しみながらも動き続けていることにすべてが終わったあとに気づきました。患者さんの役に立ちたい、助けたいという思いを自分の看護観の押し付けだったと思いました。家族も含めた手助けがとても必要な看護師として看護観であったと思いました。最後にしかわからないことも多くあります。今が苦しくても最後に見直すチャンスがあるので諦めずに多くの事をしてあげる事が大切だと思いました。


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みんなの看護観2


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